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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)347号 判決

原告

長沼光子

被告

大塚晋一朗

ほか二名

主文

一  被告大塚晋一朗は、原告に対し、金一七九八万〇三八〇円及びこれに対する平成九年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告大塚晋一朗の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金二〇五五万五三八九円及びこれに対する平成九年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故)

(一) 日時 平成九年四月七日(月)午前一一時一五分ころ(天候晴)

(二) 場所 大阪府東大阪市日下町四丁目二番六二号(旧国道一七〇号)

(三) 加害車両 被告大塚晋一朗(昭和五四年一二月八日生)(以下「被告晋一朗」という。)運転の足踏式自転車

(四) 被害者 原告(昭和三年五月五日生)

(五) 態様 本件事故現場の交差点歩道上で、原告が信号待ちのため佇立していたところ、加害車両に乗った被告晋一朗が、前方不注視により、原告の右手横に加害車両を衝突させて、原告を路上に転倒・負傷させた。

2  (責任)

(一) (被告晋一朗の責任)

被告晋一朗は、足踏式自転車を運転するに際しては、歩道上の運転が特に許される場合であっても、前方を注視して、歩道上の人に自転車を衝突させることのないように注意すべき義務があるのに、これを怠り、前方を注視せず、漫然と加害車両を運転して本件事故を惹起させた過失がある(民法七〇九条)。

(二) (被告晋一朗の両親の監督責任)

被告晋一朗の両親である被告大塚清(以下「被告清」という。)及び被告大塚加代(以下「被告加代」という。)は、未成年者である子に足踏式自転車の運転を許す場合においては、事故を起こすことのないよう注意すべき監督義務があるところ、これを怠った過失がある(民法七〇九条)

3  (傷害)

原告は、本件事故により左大腿骨頸部骨折の傷害を負い、医療法人藤井会石切生喜病院(以下「石切生喜病院」という。)において、次のとおり入通院治療を受けた。

(一) 平成九年四月七日から同年六月一〇日まで六五日間入院左股関節に人工骨頭置換術を施行した。

(二) 平成九年六月二四日から同年九月一九日まで通院(実通院日数四日)

4  (後遺障害)

原告は、左股関節に人工骨頭を置換しているから、「一下肢の股関節の機能を全廃したもの」と考えられ、自賠責後遺障害等級八級七号の「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」に該当する。

5  (損害)

(一) 治療費 六万八六五〇円

自己負担分(室料差額、食事負担金を除く。)

(二) 入院雑費 八万四五〇〇円

1300円×65日=8万4500円

(三) 付添看護費 一九万二五〇〇円

原告は左大腿骨頸部骨折で身動きできず、年齢も六八歳と高齢であり、入院中のうち、少なくとも三五日間は付添看護が必要である。

5500円×35日=19万2500円

(四) 通院交通費 七万四六六五円

(五) 器具費用 一二万六〇〇〇円

(1) シャワーチェア 七三五〇円

(2) ベッド、ナイトテーブル 一一万八六五〇円

(六) 休業損害 九七万六八九〇円

原告は、六九歳の専業主婦であり、同年齢の平成八・九年の平成月収は二一万六一〇〇円であり、労働能力喪失率は、入院中は一〇〇パーセント、退院後は一〇〇パーセント喪失から症状固定時の四五パーセント喪失の平均七二・五パーセントを症状固定日までの一〇〇日間(平成九年六月一一日から同年九月一八日まで)に適用する。

21万6100円×12か月÷365日×(65日+100日×72.5/100)=97万6890円

(七) 傷害慰謝料 一六〇万円

骨折の程度が重大なものとして、重傷の慰謝料が妥当である。

(八) 逸失利益 八三三万二一八四円

六九歳の女子の平均余命一七・六年の二分の一である八・八年は就労可能と考えられるので、後遺障害等級八級の労働能力喪失率四五パーセントで計算した。

21万6100円×12か月×45/100〔6.589+(7.278-6.589)×8/10〕=833万2184円

(九) 後遺障害慰謝料 七六〇万円

(一〇) 弁護士費用 一五〇万円

よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権により、各自、金二〇五五万五三八九円及びこれに対する本件事故の日である平成九年四月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)は認める。

同2(二)のうち、被告清及び被告加代が被告晋一朗の両親であること、被告晋一朗が未成年であることは認め、その余は否認する。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

5  同5は知らない、ないし争う。

三  抗弁

1  (寄与度)

(一) 原告には、骨粗鬆症があり、原告の骨の密度は、同年代の人と比較して七九・六パーセントである。

(二) 本件では、骨折の原因は右骨粗鬆症にあり、これと外力の寄与割合は、骨粗鬆症が三割、外力が七割である。

(三) また、原告は、五〇歳ころから高血圧の治療を続け、六〇歳ころからは耳鳴り症に罹患しており、原告は本件事故により傷害と並行して、高血圧、難聴、白内障などの治療を続けているので、右事情も考慮されるべきである。

2  (過失相殺)

(一) 本件事故現場は、近鉄東大阪線新石切駅から約一・五キロメートル北の方向にある十字路型の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)であり、本件事故は、同交差点の南側入口に設置されている横断歩道の西側入口付近の歩道上(以下「本件歩道」という。)で発生した。

なお、本件交差点には、歩行者用の信号機は設置されていない。

(二) 被告晋一郎は、加害車両に乗って、南から北に向かい、本件歩道を走行し、本件交差点の西側に南北方向に横断するために設置された横断歩道前に行こうとした。

被告晋一郎の走行していた道路は、南から北に向かって緩やかな上り坂になっている。

(三) 被告晋一朗が走行した歩道の東側には、いずれも約二・一メートルの幅員をもつ西側二車線の車道があるところ、北向きの車線に沿って約〇・六メートルの幅員の路側帯が、南向きの車線に沿って約〇・二メートルの路側帯が設置されている。

(四) 北向きの車線の西側(左側)には、本件歩道が設置されているところ、南側の広いところで約七・八メートル、北側の本件横断歩道付近で約五メートルの幅員がある。

本件歩道の更に西側には、南北にわたって各種商店が建ち並んでいる。

右商店の前方(東側)の本件歩道には、看板が置かれたり、自転車などが駐車されているため、南から北に向かう自転車は、本件歩道の右側寄りを走行する必要があった。

また、本件歩道上は、自転車の往来が激しい場所である。

(五) 被告晋一朗は、南から北に向かって本件歩道を走行したところ、本件歩道上には自転車が停められるなどしていたので、本件歩道の右側寄りを通常の速度で走行した。

そして、被告晋一朗は、進行方向前方の横断歩道の信号機が赤色を表示していたため、同横断歩道の南側入口で信号待ちをするため、本件歩道を通過しようとしていた。

(六) 被告晋一朗は、前方にある本件歩道上に人のいないことを確認して、本件歩道の右寄りを通過しようとしたところ、対面信号機が青色点滅表示をし始めたため、本件横断歩道を渡ろうとした原告が、突如、右手でショッピングカーを引き、急ぎ足で、本件横断歩道前の歩道上に出てきたため、ブレーキをかけた。

加害車両の速度は減速したが、その止まり際に、加害車両の前かごの左付近に、原告の右肩か右腕付近が接触し、原告はその場に座り込むようにして倒れた。

(七) 右事情からすれば、原告の過失は三割を下らない。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(責任)

1  (一)(被告晋一朗の責任)は当事者間に争いがない。

2  (二)(被告晋一朗の両親の監督責任)

被告清及び被告加代が被告晋一朗(本件事故当時満一七歳)の両親であることは、当事者間に争いがないところであるが、そのことのみにより本件事故発生について具体的監督義務違反があるとはいえず、また、本件事故発生についての監督義務違反を認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告清及び被告加代に対する請求はいずれも理由がない。

三  請求原因3(傷害)は当事者間に争いがない。

四  請求原因4(後遺障害)

原告が本件事故により左大腿骨頸部骨折の傷害を負い、左股関節に人工骨頭置換術を受けたことは当事者間に争いがないところであり、原告の後遺障害は「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」であるから、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表八級七号に該当すると認められる。

五  請求原因5(損害)

1  治療費 六万八六五〇円

証拠(甲八の1ないし7、九の1ないし7)によれば、原告は本件事故による傷害のため入通院治療費六万八六五〇円を支払っていることが認められる。

2  入院雑費 八万四五〇〇円

原告が本件事故による傷害のため六五日間(平成九年四月七日から同年六月一〇日まで)入院治療を受けたことは当事者間に争いがなく、この間の入院雑費は一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であるから、入院雑費は合計八万四五〇〇円となる。

1300円×65日=8万4500円

3  付添看護費 一九万二五〇〇円

証拠(乙二、原告本人)によれば、原告の入院治療期間中、原告の夫及び娘の付添看護を受けたこと、平成九年五月一二日から歩行可能となったことが認められ、これに原告の負傷の部位、程度及び年齢(本件事故当時満六八歳)を総合すると、入院期間六五日のうち当初の三五日間(平成九年四月七日から同年五月一一日まで)は付添看護が必要であったもので、その費用は一日当たり五五〇〇円と認めるのが相当であるから、付添看護費は合計一九万二五〇〇円となる。

5500円×35日=19万2500円

4  通院交通費 一万一七六〇円

原告は、本件事故による傷害のため四日間(平成九年六月二四日から同年九月一九日まで)通院治療を受けたことは当事者間に争いがなく、証拠(甲一〇の1)によれば、その通院にタクシーを利用し(原告の負傷の部位、程度からしてタクシーを利用することが相当であると認められる。)、その費用として、一万一七六〇円を要したことが認められる。

なお、原告は、付添看護のための交通費も併せて請求するのであるが、これは前記認定の付添看護費において評価されており、独立の損害を構成するものではない。

5  器具費用 一二万六〇〇〇円

証拠(甲一一の1、2、原告本人)によれば、原告は本件事故による後遺障害のために、入浴、就寝のために、次の器具を要することとなり、これの購入費用として一二万六〇〇〇円を要したことが認められる。

(一)  シャワーチェア 七三五〇円

(二)  ベッド、ナイトテーブル 一一万八六五〇円

6  休業損害 七九万二三六五円

証拠(甲一五、一七)によれば、原告(昭和三年五月五日生)は夫(長沼俊平)及び娘と同居して、主婦として生活していたことが認められ、入通院治療により右家事労働に従事することができずあるいは制限されており、前記認定の原告の障害の部位、程度等からすると、平成八年、九年の原告と同年齢の平均月収二一万六一〇〇円(弁論の全趣旨)を基礎として、入院中(六五日間)はその全額、通院中(一〇〇日)はその四五パーセントの損害を受けたものとして休業損害を算定するのが相当であるから、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、七九万二三六五円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

21万6100円÷30日×65日≒6万8216円

21万6100円÷30日×0.45×100日≒32万4149円

7  傷害慰謝料 七五万円

原告の入通院治療の状況及び本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の傷害慰謝料は七五万円と認めるのが相当である。

8  逸失利益 六八五万四六〇五円

原告の後遺障害の部位、程度からすると、労働能力喪失率は四五パーセント、就労可能年数は七年として逸失利益を算定するのが相当であるから、新ホフマン式計算法により中間利息を控除すると、原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、六八五万四六〇五円となる。

21万6100円×12か月×0.45×5.847日≒685万4605円

9  後遺障害慰謝料 七六〇万円

原告の後遺障害の部位、程度等を考慮すると、原告の後遺障害慰謝料は七六〇万円と認めるのが相当である。

以上を合計すると、一六四八万〇三八〇円となる。

六  抗弁1(寄与度)

証拠(乙二)によれば、原告は、骨密度測定の結果、原告の橈骨遠位三分の一の骨密度は、最大骨密度と比較して低めで、同年代の平均値と比較して標準だがやや低めであり、橈骨+尺骨超遠位の骨密度は、最大骨密度と比較してやや低めで、同年代の平均値と比較して標準だがやや低めであると判定されており、骨粗鬆症と診断されていることが認められる。

右によれば、原告の骨粗鬆症は同年代の平均値と比較して標準だがやや低めという程度であるから、右骨粗鬆症をもって、原告の本件事故による傷害、後遺障害について寄与があるとして、その損害額を減額することは相当でないというべきである。

また、乙第三号証(石切生喜病院山本交作作成の平成九年六月二七日付骨粗鬆症に関する主治医判断〔回答〕には、原告の骨量は年齢相応のものだと思う旨及び骨折原因についての骨粗鬆症と外力の責任割合については、明らかな外傷で判りかねる旨の記載があり、前記認定に沿うものと考えられる(なお、同書面中の責任割合についての骨粗鬆症三割、外力七割との記載は、記入例の記載であり、原告についての判断を右山本医師が記載したものではない。)。

なお、証拠(乙一、二)によれば、原告は、前記認定の入通院治療の期間中に既往症である高血圧、骨粗鬆症に対する投薬を受けていることが認められるが、右についての治療費を確定しうる証拠はなく、また、右治療期間中の治療は専ら本件事故による傷害の治療がなされていたことが認められること及び前記認定の治療費の額(原告は国民健康保険による治療を受けていた。)を考慮すると、右の点は傷害慰謝料の点で若干考慮するに止めるのを相当とする。

七  抗弁2(過失相殺)

前記争いのない事実(請求原因1、2(一))に証拠(甲一六の1ないし3、二〇、乙二、五、原告本人、被告晋一朗本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、南北道路と東西道路がほぼ直角に交差する交差点(本件交差点)の南側で南北道路の西側に設置されている歩道(車道との境にブロックが敷設され、明確に区分されている。)(本件歩道)上である。

2  原告は、本件交差点の南側に設置されている横断歩道(歩行者専用の信号機は存しない。)の西側の本件歩道上で同横断歩道を西から東に横断するべく、信号待ちをして立っていた。

3  被告晋一朗は、本件歩道を加害車両に乗り、南から北に向かい本件交差点を直進横断するべく進行していた。

本件歩道上で被告晋一朗の進路前方の見通しは良かった。

4  被告晋一朗は、進路前方に前記のとおり立っている原告を認めており、かつ、自己の進路前方の対面信号機が赤色表示をしているにもかかわらず、原告はそのまま動かないものと考え、原告の前方(被告晋一朗の進行方向からすると右側)をすり抜けようとして進行したところ、原告に衝突した。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右に認定の事実によれば、本件事故の発生については、被告晋一朗の過失(前方不注視、原告の動静に対応する運転操作の誤り)が圧倒的な原因となっているというべきであり、これに対し、原告に取り立てて過失相殺すべき事情は見いだせない。

なお、本件事故発生時に、原告が立っていたままの状態であったのか、横断するべく歩き始めた状態であったのかについては、原告本人の供述と被告晋一朗本人の供述が対立し、これを確定しうる証拠はないが、仮に原告が歩き始めていたとしても、本件事故はまさに歩き始めた直後の事故であり、これをもって過失相殺すべき原告の過失ということはできないから、右の点は前記判断に差異をもたらすものではない。

八  弁護士費用(請求原因5(一〇)) 一五〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一五〇万円と認めるのが相当である。

九  以上の次第で、原告の請求は、被告晋一朗に対し、金一七九八万〇三八〇円及びこれに対する本件事故の日である平成九年四月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、被告晋一朗に対するその余の請求並びに被告清及び被告加代に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言について同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉波佳希)

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